目次

日本語版への序文                                                   1
謝辞                                                                 9

第1章 はじめに                                                    13
 ポイント・アンド・フィギュア分析――失われたアート                 13
 現代の投資家と18歳のバンジージャンパーの共通点は?                 17
 P&F分析が道理に適う理由と開発の経緯                                20
 なぜP&Fチャートを使うべきなのか?                                  22
 P&F分析との出合い                                                  23
 人生においてリスクをとるということ                                 27

第2章 ポイント・アンド・フィギュア分析の基本                       31
 P&Fチャートの基本原則                                              33
 P&Fチャートの更新方法                                              37
 チャート練習――テクノロジー・ワン                                 45
 トレンドライン                                                     50
  強気支持線                                                       51
  強気抵抗線                                                       54
  弱気抵抗線                                                       55
  弱気支持線                                                       56
  目標値                                                           57
  垂直カウント                                                     59
  空売りする場合の垂直カウント                                     60
  水平カウント                                                     60

第3章 チャートパターン――需給の攻防の記録                         63
 経済学101                                                          63
 歴史は繰り返す                                                     64
 成功率を上げるために                                               66
 チャートパターン                                                   70
  ダブルトップ                                                     72
  強気シグナル                                                     75
  弱気シグナル                                                     76
  トリプルトップ                                                   77
  トリプルボトム売りシグナル                                       79
  強気カタパルトと弱気カタパルト                                   81
  カタパルトを使った戦略                                           83
  弱気カタパルトの形成                                             85
  トライアングル・フォーメーション(三角保ち合い)                 87
  トリプルトップの変形                                             90
  トリプルボトムの変形                                             90
  スプレッド・トリプルトップ                                       91
  強気シェイクアウト                                               94
  ロングテール・ダウン                                             97
  ハイポールの警告                                                 100
  ローポールの形成                                                 100
  末広がり型トップの形成                                           102
  弱気シグナル転換                                                 104
  強気シグナル転換                                                 105
 天才のひらめき                                                     108
  職人への道                                                       108
  一流の仕事をするために                                           110

第4章 レラティブ・ストレングスの重要性                             113
 RSの種類                                                           114
   1.RS対ダウ平均(マーケットRS)                               114
   2.RS対DWAセクター指数(ピアRS)                              114
   3.マーケット対セクター指数(セクターRS)                     115
 RSの計算                                                           115
    マーケットRS/ピアRS/セクターRS
 RSチャートの解釈方法                                               118
 ピアRSの解釈                                                       129
 セクターRSの解釈                                                   132
 指数の組み合わせ                                                   136

第5章 第5章 NYSEと店頭市場のブリッシュ・パーセントの概念――最も重要なマーケット指標    145
 NYSEブリッシュ・パーセント指数                                     145
 自分に合ったオペレーティングシステムを持っているか                 149
 ブリッシュ・パーセントの概念と開発の経緯                           153
 なぜ一般の指数ではなくBPIを使うのか                                156
 ブリッシュ・パーセントの仕組み                                     159
 NYSE BPIのリスク水準                                               161
  「強気確認」のマーケット                                         161
  「強気通知」のマーケット                                         162
  「強気調整」のマーケット                                         163
  「弱気確認」のマーケット                                         164
  「弱気通知」のマーケット                                         165
  「弱気調整」のマーケット                                         166
 BPIの教訓                                                          167
  1987年                                                           167
  1990年                                                           169
  1994年                                                           170
  1998年                                                           172
 計画を立てよ                                                       174
  2000年                                                           183
 OTC BPI                                                            185

第6章 その他の指標                                                 189
 2つの短期指標                                                     191
  10週移動平均よりも上でトレードされている銘柄の割合の指数(P-10指数)   191
  ハイロー指数                                                     196
  30週移動平均よりも上でトレードされている銘柄の割合の指数(P-30指数)   197
  騰落ライン                                                       200
  ポジティブトレンドの割合(PT)                                   200
 RSが×列の割合(RSX)                                              203
  RSが買いシグナルの割合(RSP)                                     207
  強気センチメント指数                                             209
  弱気センチメント指数                                             209
 まとめ                                                             209
 債券市場の指標                                                     212
  ダウ・ジョーンズ20種債券平均                                     212
 商品先物市場                                                       218

第7章 セクター分析                                                 219
 ブリッシュ・パーセント指数によるセクター分析                       219
 電気セクターBPI                                                    227
 テレコムBPI                                                        233
 まとめ                                                             239
 セクターベルカーブ                                                 240
 デウス・エクス・マキナ                                             243

第8章 オプションとETFを利用したポートフォリオのリスク管理          247
 コールオプション                                                   249
  定義                                                             249
  コールの買い手                                                   249
  カバードコールの売り                                             253
 プットオプション                                                   256
  定義                                                             256
  空売り(ショート)                                               256
  空売りの代わりとしてのプット                                     257
  プットの売り――アンダーライターになる                           259
  保険としてのプット(プロテクティブ・プット)                     263
  デルタの原則                                                     267
 ETFと資産配分                                                      270
 最初の一歩の先を考える――パソコンメーカー                         273
   チャートとコメント                                             277
 ETFの利用                                                          283
 緊張――恐怖のあまり気が動転するのを防ぐヒント                     289

第9章 まとめ                                                       295
 銘柄選択のガイドライン                                             296
 ステップ1 マーケット全体を見る――ボールを保持しているのはだれか?   296
 ステップ2 セクターの評価                                         300
 ステップ3 選んだセクターのなかで、ファンダメンタルの安定した銘柄をリストアップする    301
 ステップ4 P&F分析で「いつ買うか」を調べる                        304
  リスクとリワード                                                 305
  モメンタムとトレーディングバンド                                 310
   モメンタム                                                     310
 トレーディングバンド                                               318
 練習問題                                                           323
  例題1                                                           323
  例題2                                                           328
 結論                                                               336

監訳者あとがき                                                       338

日本語版へのまえがき

 私のウォール街29年目のハイライトのひとつが、本書『最強のポイント・アンド・フィギュア分析』の日本語版出版の知らせであった。本書はすでに数カ国語に翻訳されている。しかし、日本語版には、格別の喜びを感じずにはいられなかった。
 私と日本とのかかわりは、幼少のころにさかのぼる。東京郊外のワシントンハイツに住み、代々木小学校に通学していた。そこで過ごした数年間は、非常に懐かしい思い出として残っている。
 次に日本に戻ってきたのは、ベトナム戦争中、米海軍にいたときだった。空母に乗船していた私は、日本の港に入港するたびに、何か故郷に戻ってきたような気がした。  それから長い月日がたち、日本への帰還は、私の宿願であった。そして今、私は待望の日本帰還を果たし、ポイント・アンド・フィギュア分析について、日本の投資家たちと論じ合える機会を得たのである。
 大半の日本語は記憶から消えてしまった。しかし、幸運にもポイント・アンド・フィギュア分析という説明の非常に簡単な言葉がある。事実、どこの経済でも通話可能な普遍的な言語だと言える。この分析手法は、需要と供給という単純な摂理を基本としており、これには国境も文化的隔絶もないからだ。需要と供給は、米国であれ日本であれ、あるいはギリシャであれ、その国の株式の識別に応用が利く。常に機能し、世界的に不変の均衡装置なのだ。
 アルフレッド・マーシャル(1842~1924)は、エッセー『サプライ&デマンド(Supply & Demand)』で、需要と供給をひとつのハサミとして組み合わされた2つの刃にたとえている。どちらか一方だけでは使い物にならない。工作器具として機能させるには、両方を持ち合わせる必要があるのだ!
 ポイント・アンド・フィギュアの分析手法は、この需給の原理から成り立つ。単純かつ論理的に、需要と供給の攻防、つまりハサミの両方の刃を評価できる組織された手法である。
 需要と供給は、最も基本的な定義であり、そこには何よりも非常に民主的な関係がある。結局のところ、だれもが構造的に価格決定の手続きにかかわっている。自分がラフライス(もみ米)の価格を決める先物トレーダーであるか、取引所でホンダ株を買おうとしている株式投資家であるか、あるいはお店で靴の価格を値切っている消費者であるかは、問題ではない。
 自由市場では、ラフライス先物を売ろうとする売り手よりも、買い手のほうが多ければ、価格は上昇するはずだ。逆に、ホンダ株を買おうとする買い手よりも、売り手のほうが多ければ、価格は下落するはずである。需要と供給が等しければ、価格は均衡状態にあり、同じままだろう。
 結局、価格が変化する原因はほかにはない。だれがどのようにマーケットを評価しようと、需要と供給の不均衡に帰着するのだ。
 この投資手法は、1800年代後半、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の初代編集長、チャールズ・ダウによって発明された。当時「フィギュアリング」と呼ばれたこの手法は、1900年代初めに「ポイント」という言葉が加えられ、「ポイント・アンド・フィギュア」へと名を変えた。「ポイント」という言葉は、当時、チャートを構成するために利用された1ドルもしくは1ポイント枠のサイズを意味している。
 本書を読めばお分かりのように、私は現在のトレードと投資環境に適合させるため、需要と供給の原理を新しいセクター、新しい指標、最新の応用法に広げている。しかし、基本的な手法は、チャールズ・ダウの時代から1世紀以上の間、変わらない。その骨組みは、依然として、おそらく何よりも時代の試練を受けてきたアプローチに根ざしているのだ。
 需要と供給の均衡を解明する、最も直接的に関連した分析手法を学ぶことに興味があれば、皆さんはうってつけの場所にいる。本書を丹念に読み返すうちに、値動きの真の原因を悟って初めて得られる充実感から、かつてない投資への意気込みと自律の感覚を経験するだろう。
 本書を読んで疑問点や質問があれば、ぜひ気軽に私あてに電子メールを送ってほしい。アドレスは
tom@dorseywright.com である。日本でのポイント・アンド・フィギュアのセミナーで、いつの日か皆さんとお会いできることを楽しみにしている。

 2004年1月

トーマス・ドーシー

監訳者あとがき

 「Lost Art(失われたアート)」。本書の著者、トーマス・ドーシー氏は、ポイント・アンド・フィギュア(P&F)分析をそう表現する。
 この「失われた」という言葉には「知られざる」「見失われた」「忘れられた」といった意味が込められているようだ。事実P&Fは、100年以上も前にチャールズ・ダウが発案した株価データ管理法を源流とし、長い時の試練に耐えてきた分析法であるにもかかわらず、多くの個人投資家やブローカーたちに「知られざる」手法である。
 その理由について、氏は「株価の根本的な変動要因が見失われているからだ」と主張する。
 結局のところ株価は「需要と供給」で決まり、P&Fはこの需要と供給の動向を明らかにする、というのがP&Fの基本概念である。実際、氏は本書で、P&Fと派生した手法によって、需給の攻防と結果が、明確なパターンで表されることを証明し、その分析に基づいた一貫した投資プロセスを提示している。ところが、株価の変動要因が需給であると理解されていないため、P&Fが世に知られていない、というわけだ。
 では、なぜ需給が注目されないのか。氏は「地道な努力が忘れられているからだ」と説明する。
 P&F分析の示すパターンの認識力を高め、投資プロセスを体得するためには、分析者本人に「アート」の要素が求められるという。つまり、P&F手法を極めるには、自身が投資プロセスの一部となり、直感的に状況を判断し、積極的に「悪い」リスクを回避して「良い」リスクをとれる職人にならなければならないのだ。
 職人として大成するには、才能と同じくらい、地道な努力による豊富な経験が必要となる。この点が忘れられている、というわけだ。
 そして氏は、そこに個人投資家の問題点があると警告する。
 多くの投資家が、続々と開発される新しい売買手法に手を出し、労せずして値上がり銘柄が分かる「聖杯」を求めている。そこには自身で判断することを嫌う消極的な気持ち、自己への不信があるからだと、氏は嘆く。自信がないのだ。
 一方、P&Fの職人は、地道な努力から自己への信頼、つまり自信をつけていると断言する。そう、自助努力による自信こそ、P&F分析成功のカギとなると主張しているのだ。

 本書は「失われたアート」を探求し、「自信」という成功のカギを自力で生み出そうとする投資家、ブローカーたちへの指南書であり、応援メッセージである。本書で紹介されている分析の筋道は、P&Fを幹とし、さまざまな応用法で根を広げた「一本の木」を想像させる。また、記された投資の心構えと体験談は、P&Fの職人となる道程で壁に直面したとき激励してくれる「肥やし」となるように思う。
 本書をきっかけに、日本市場という土壌のなかで、雨風に負けず自力でP&F分析を育て上げ、大きな果実を手にする職人たちが続々と登場すれば、本書に携わった人間として、うれしいかぎりである。
 最後に、発行者の後藤康徳氏(パンローリング株式会社社長)、編集者の阿部達郎氏(FGI代表)、翻訳を担当していただいた井田京子氏、翻訳のアドバイスをいただいたナオミ・バーコヴ氏に深く感謝したい。そして、このすばらしい本を執筆し、日本語版の出版を辛抱強く待っていただいたトーマス・ドーシー氏に、あらためて感謝の意を表したい。

 2004年1月

世良敬明

第1章 はじめに Introduction

 ポイント・アンド・フィギュア分析――失われたアート

 ポイント・アンド・フィギュア(P&F)は、創造力の限界に挑戦するような新しい手法ではない。しかし、失われた「アート(芸術)」である。
 理由は簡単だ。今のプロや個人投資家の大半は、証券価格の根本的な変動要因を見失っているからである。テクノロジーの著しい進歩に目がくらんで、需給の摂理という不変の原理をほとんど忘れてしまっているのだ。
 結局のところ、テクノロジーの変化よりも重要で、本当に生き残っている唯一のものは、個人の人一倍の努力である。ところが、新しい証券分析法やテクノロジーが続々と開発され、一般投資家の尽きることのない好奇心を魅了している。多くの投資家が「必勝法」という聖杯を追い求めるばかりで、経験を積み、投資プロセスを理解した「職人」になろうとしない。プロにせよ個人投資家にせよ、運用結果に責任を持つのは自分なのに、実際は、努力もせずに、楽に勝ちトレードが分かるコンピュータープログラムを探している。
 聖杯など、どこにも存在しない。大昔にウォール街の大手証券会社で株のブローカーをしていた私は、このことが身に染みて分かっている。
 どの世界でも言えることだが、投資の世界で成功するカギは「自信を持つ」ことだ。辞書によると、自信とは「強い信念または信頼、自己を信頼すること、大胆さ、確信」と定義されている。このなかで投資の世界に当てはまるキーワードは「自己を信頼すること」である。そして、多くの投資家やブローカーは、この資質を欠いている。
 事実、今の投資家は、自分自身で決定を下すのを嫌う傾向にある。そのため、ミューチュアルファンドが空前の成長を遂げているわけだ。またプロの投資家でも、投資プロセスを学んでいない者が多い。これは、75%以上のプロのファンドマネジャーが市場リターンを一度も超えたことがない、という事実からも明白である。
 大半の投資家は、マーケットを謎めいたものとして恐れ、マーケットの反応に理論的なパターンを見いだすことはできないと悩んでいる。収益増加が期待できるならば株価は上昇するはずなのに、必ずしもそうはならない。それどころか逆の場合も多い。2000年がまさにそうで、かつては天文学的な高値を誇ったファンダメンタルに優れた銘柄が暴落した。
 例えば、株価が80ドルから1桁台まで下落したルーセント・テクノロジーのファンダメンタルは、バブル期には80ドルでも人気が高かった。しかし、同社の問題は、社内ではなく、同社の製品を購入した顧客の支払能力にあったのだ。そして、この情報は株価が崩壊するまで、同社のファンダメンタル分析レポートに載ることはなかった。
 ところがP&Fチャートには、これがはっきりと表れていた。同銘柄の需給関係に注目することで、この問題を早くから指摘していたのである。
 本書の初版から6年を経て2001年を迎えた現在、P&Fという手法に対する私の信頼は限りなく深まっている。この手法自体は何ら変わっていない。しかし、その応用範囲は大きく広がった。DWAでもいくつか新しい指標を開発している。多くは初版で紹介したブリッシュ・パーセントやレラティブ・ストレングスといった概念に基づいている。また、従来からの指標に新たな用途を見いだしたケースもある。
 この5年間で私たちは、かつてない大変化の相場をいくつか経験した。この変動と変化に満ちた景気状況のなか、うまくマーケットを乗り切っていくため、指針となるオペレーティングシステムを持つことが不可欠なのは疑いようがないと確信している。そして、そのシステムを提供するのが本書の目的である。
 「実際の製品と明確な収益を上げている優良銘柄を買え」という古い格言は、とうに廃れてしまった。少なくともマスコミや投資家は、古いと考えている。1990年代末のウォール街のスローガンは「収益は関係ない、重要なのは売上高だ」というものだった。22歳のCEO(最高経営責任者)は、米国の屋台骨を支えてきた従来の企業について「まったく理解できない」などとコメントしていた。
 しかし、彼に「理解できる」はずのドットコム銘柄は暴落し、マーケットでは儲かるときもあれば損をするときもある、ということを米国人は思い出した。もっとも、本書を執筆している時点で、この22歳のCEOは、まだ「理解できていない」。
 本来マーケットは富を生むところだ。しかし、それと同じくらいのスピードで富を奪うときもある。このことを痛感した投資家は、本当に重要なのは純利益だと改めて気づき、人々は再びバランスシートの最終行に関心を向けるようになってきた。
 1990年代後半、多くの企業が何百万ドルもの広告費を投じ、ブランドイメージを高めようとした。プロクター&ギャンブルのような優良企業が40年かけて確立したブランドイメージを、わずか1カ月でつくり上げようとしたわけだ。広告による売上げを期待して、コスト以下で製品を売る企業も現れた。
 しかし、この風潮も、ナスダックが突如、ほんの2~3週間で崩壊したため、2000年第2四半期には、元にもどってしまった。一時は71ドルの値をつけたザ・ストリート・ドット・コム(TSCM)は、現在3ドルまで下げ、330ドルまで上げたマイクロストラテジー(MSTR)は14ドルに落ち込んでいる。高値を誇ったプライスライン・ドット・コムもかつては165ドルだったのが、今では5ドルで買える。FRB(米連邦準備制度理事会)のグリーンスパン議長の警告どおり、マーケットは驚くべき速さで根拠なき繁栄を修正したのだった。
 バブルがはじけたのは、2000年に暴落した銘柄ばかりではない。ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場株を中心に、いくつかの銘柄が1998年をピークに下落した。最近回復の兆しを見せ始めているとはいえ、イーストマン・コダック、シスコ・システムズ、ポラロイド、プロクター&ギャンブル、AT&T、ワールドコムなど、数多くの優良企業の株価は、半値以下に落ち込んで、投資家が資金を避難させるどころではなくなってしまった。  1998年4月から2000年3月にかけては、興味深い時期だった。個別銘柄のパフォーマンスは散々なのに、それらで構成される指数自体は、まずまずの結果を出したからだ。これは、ダウ平均やナスダック、S&P500などの指数が、ほんの一握りの銘柄の動きに偏っているためである。指数自体はいくつかの上位銘柄の動きによって上下しても、指数の背後にある大多数の銘柄は低迷していたというわけだ。
 ところが、この不安定な時期でも一度も揺らぐことのなかった概念がある。不変の法則とも言える需給の摂理だ。先ほど述べたすべてのケースで、P&Fチャートはその後のトラブルを予告していたのだ。この指標のおかげで、DWAの顧客は損失を逃れることができた。需給指標がどのように暴落を予想し、リスクの高まりを教えてくれたかについて、後ほど説明したい。
 インターネットがウォール街のルールを大きく変えた今、マーケットはこれまで見たこともないような状況に突入している。ネット上にドットコム・ビジネスへの参入を阻む障壁は何もなく、だれもが常に同じ土俵で戦うことができる。そのかわり、競争は激しさを増した。しかし、過去100年間、どのような状況でも変わっていないのが、需給関係とP&Fによるマーケット分析なのである。

 現代の投資家と18歳のバンジージャンパーの共通点は?

 答えは「恐いもの知らず」である。この10年で、押し目買いこそ成功のカギという考えが広まった。「株価は必ず回復するのだから、パニックをおこさず買い続ければよい」というわけだ。なかには自宅まで抵当に入れて株に資金をつぎ込む者さえいた。しかし、こんな方法がうまくいき続けるはずがない。
 2000年もやはりそうだった。ナスダックの崩壊は、無警戒だった人たちを完全に捕らえたのだ。多くの投資家が、値下がり株のナンピン買いで膨大な損失を被った。ただし、多少は懲りたとしても、投資家からこの習性がなくなったとは思えない。
 「押し目はすべて買い」という考え方は、私には虚勢をはっているようにしか見えない。虚勢とはアルコールやドラッグで気分が高揚しているときに感じる自信だ。感覚が鈍くなっているため、しらふのときには思いもしないことを、できると感じてしまう。友人のコーネリアス・パトリック・シーアが言う。「ソース(アルコール)は思ってもいないことを口走らせたり、ありもしないことを信じさせたりしてしまう、というのがオヤジの口癖だったね」
 投資家にとっての「ソース」は、ひたすら上昇し続けるかに見えた高値のハイテク銘柄であった。泥酔のあまり思ってもいないことを口走り(もう1000株買おう)、ありもしないこと(売上高は果てしなく伸びる)を信じてしまったのだ。
 1990年代末から2000年第1四半期にかけて、投資家は果てしなく続くかに見えた右肩上がりのマーケット、とくにナスダック市場の虜になっていた。マスコミも「ゼロインフレと技術革新によって、生産性は永久に上昇し続ける」などと繰り返し喧伝し、この風潮に拍車をかけた。そしてその熱狂に酔った投資家は、ボラティリティがどう考えても高すぎる銘柄に借金してまで資金をつぎ込み、リスクを膨らませていったのである。
 私に勧誘の電話をかけてきたブローカーのなかには「自分の祖母も信用取引をしたがっているが、80歳という高齢のため自分の会社では応じられなかった。そこで自宅を二重抵当に入れ、その資金で株のトレードを続けた」などと言う者までいた。これはブローカー経由ではないにしろ、結局は信用取引をしたことになる。2000年3月、5月、そして11月の暴落後、このおばあちゃんはどうしているだろう。自宅には住んでいないかもしれない。
 多くの投資家が、理論的で系統化され十分な根拠に基づく投資手法こそがマーケットで成功する唯一の道であることを忘れている。無計画に過度のレバレッジをかけた一貫性のない投資は、2000年の例を見るまでもなく、常に失敗する。
 ナスダックは調整どころか、渡り鳥のごとくまっしぐらに南下した。ピークからわずか数週間で37%も下落するという素早い動きだ。さらに驚いたことに、その間、個別銘柄の大半が80%以上の価値を失っていたのである。おそらく、インターネット銘柄やテクノロジー銘柄ばかりを組み込んだハイテクポートフォリオ(別名、壊滅ポートフォリオ)が再び日の目を見るのは、何年も先のことになるだろう。
 50%下落したポートフォリオが回復するためには、100%上昇する必要がある。過去80年間の株のリターンは平均約10%程度だ。したがって、100%上昇するには約7年かかる。事実、1973年の天井期に買って、下落相場でも持ち続けたとすると、損失分を回復させるだけで7年半かかっているのだ。マスコミやファンドマネジャーの勧めるままに下げ相場に投資し、資金を取り戻すまで7年半待てるのだろうか。もし答えが「ノー」であれば、それは「リスク管理」、すなわち本書の主題に関心を持つべきである。
 先日、本書を執筆するため新しいノートパソコンを買いに行き、パソコン売り場の責任者と投資の話になった。彼には私の仕事がよく理解できていないようだったので、「すべてのパソコンにオペレーティングシステム(OS)が必要なように、投資で成功するためにも投資のオペレーティングシステムが必要なのだ」と説明した。
 パソコンのOSは、すべてのソフトウエアを効率よく読み取り、起動させる基本ソフトである。ウィンドウズ98のようなOSが、パソコンを動かすため、一連の指示を出すわけだ。OSがなければソフトウエアはパソコン上で動かない。投資も同じだ。始める前にまず、自分がこの先使う基本システムを決めたうえでとりかからなければ、結果は出せないのだ。

 投資でOSに当たるのは、投資家が完全に理解し、心から信頼できる分析手法である。ウォール街にはさまざまな宗派があり、成功している投資家は常にある時点で、ウォール街のどこかに毎週通う教会(分析手法)を見つけている。なかでも多くの信者を集めているのがファンダメンタル派の教会だ。しかし、この手法は企業自体の質を調べるだけで、売買のタイミングや需給が崩れるタイミングは考慮していない。
 そのほかにも占星術、フィボナッチ数列、ギャンアングル、波動、サイクル、ローソク足、バーチャートなどさまざまな宗派がある。好きな手法を選べばよい。私が代表を務めるDWAでは、需給の摂理という不変の法則に基づいたP&F分析のみを採用している。マーケットが強気のときも弱気のときも含めて長年の実績があり、8歳でも80歳でも理解できる簡単な手法だ。基本から学びたいのであれば、本書は役に立つだろう。このシステムは、株式からミューチュアルファンド、商品先物にいたるまで、これからの投資活動の指針となってくれるはずである。

 P&F分析が道理に適う理由と開発の経緯

 急な判断に迫られても、人には限界というものがある。実際、多くの投資家が株に関する複雑な決定を下すのは難しいと感じているという。しかし、問題は情報が多すぎることではない。その管理と処理の仕方だ。毎日、消防ホースからの水のごとく私たちに浴びせられる情報を効率的な判断が下せるよう、噛み砕いて理解できる形に整理することが重要なのだ。情報整理なしでは、判断することが多すぎる。DWAでは、こうした情報整理のための強力なツールをいくつか提供している(参照)。
 情報整理の最も分かりやすい例に、電話がある。だれでも連続した3つ4つの数字は簡単に覚えられるが、それが7つとなると難しい。電話番号が途中で区切ってあるのは、そのためである。また、電話機についている「#」や「*」のキーは長い間、何の機能も付いていなかった。しかし、今ではよく使われている。電話会社は、いずれこれらの機能が情報管理に必要になると分かっていたのだ。
 同様に、はるか昔の1800年代に、チャールズ・ダウはデータの管理方法を発見した。ダウは株価の動きを最初に記録した人物で、そこから「フィギュアリング」という、後にP&F分析に発展した手法を考案した。そう、簡単にいえばP&Fチャートとは、株価データの管理方法なのだ。
 20世紀に入ると抜け目ない投資家たちは、ダウのチャートに、繰り返し現れるパターンがあることを発見した。当時はまだSEC(米証券取引委員会)など存在せず、規則や規制もほとんどなかった。相場はストックプールという大株主の集まりに支配され、部外者が参加できるようになったのは、ずいぶんあとになってからだ。言うなればインサイダーだけの閉ざされた世界だったわけだ。
 P&Fチャートは、需給の不均衡を論理的に整理して記録する方法として開発された。このチャートは、需要と供給のせめぎ合いを順序だてて分かり易く描写している。
 車で旅行するとき、だれもが地図を見る。例えば、バージニア州からニューヨーク州に行くときは、まず州間の高速道路I-95を北上する。しかし、標識を見過ごしてうっかり南線に入ってしまうと、下手をすればフロリダ州キーウエストまで行ってしまう。家族で旅行するのであれば、まず地図で順路を把握してから、タイヤの空気を点検し、ガソリンを満タンにして、子供たちが本やおもちゃを持っているか確認する。要するに、旅の計画を立てるのだ。
 ところが、大半の投資家は投資という旅を始めるときに、計画をまったく立てていない。そこで、その計画を立ててくれるのが、需給関係を分析するP&Fチャートだ。もちろん、成功が保証されている方法などありえない。しかし、要素ひとつひとつに勝算があれば、成功の確率はかなり高まってくる。道中、回り道を強いられるときがあるかもしれないが、最初の計画を忠実に守っているかぎりは大丈夫、というわけだ。本書は証券投資に成功するに最適な計画の枠組みを提供するだろう。
 結局のところ、ある証券の買い手が売り手より多ければ、株価は上昇する。反対に、売り手のほうが多ければ、株価は下落する。そして、売り手と買い手が同じであれば、株価は変わらない。これが需給の摂理という不変の法則である。簡単にいえば、ジャガイモやトウモロコシやアスパラの値段が変わるのとまったく同じ理由で、株価も変動するわけだ。
 株式の評価には、2つの分析手法がある。ひとつは、多くの投資家が利用しているファンダメンタル分析で、これは企業収益、製品の売上げ、そして経営陣の質に注目し、「どの」銘柄を買うべきか教えてくれる。それに対して、もうひとつの手法であるテクニカル分析は、証券を「いつ」買えば良いかを教えてくれる。
 タイミングは非常に重要だ。企業のファンダメンタル情報は数多く提供されており、さまざまなインターネットの専門サイトからも無料で入手できる。しかし、テクニカル分析のほうは難しい。一般投資家でも理解できて、かつ高品質のテクニカル分析を提供しているプロは、ほとんどいないからである。そこで本書は、しっかりしたファンダメンタル分析にP&F分析を組み合わせる方法で、読者ひとりひとりに合うシステムを構築できるように構成されている。

 なぜP&Fチャートを使うべきなのか?

 投資の世界には、株価の動きを分析するためのさまざまな手法があふれている。しかし、シンプルで分かりやすいのはP&Fだけだと私は考えている。
 チャートは×と○から成り立っている。この方法で株価を記録するのは、テニスの試合を記録するのとよく似ている。テニスの試合では6ゲームを先取するとそのセットを取り、最終的に獲得したセット数の多い方が勝者になる。重要なのは試合結果であり、セット単位の勝ち負けではない。
 またP&Fのチャートパターンは簡単で、見つけやすい。なにしろバージニア州の小学校でこの方法を紹介したこともあるくらいだ。何ごともシンプルが一番である。
 ただし、手法の基となる概念には確かな根拠が必要だ。その点、需給の摂理ほど確かで基本的な概念はない。念のために言っておくが、これは何もほかの手法を批判しているわけではない。需要と供給は日々の生活の一部であり、大抵の人は簡単に理解できるため、これを日々の投資活動にも取り入れようということなのだ。
 1955年、A・W・コーエンは、最高級の指標を開発した。「ニューヨーク証券取引所ブリッシュ・パーセント指数」(NYSE BPI)である。DWAでは、この指標を長年使用し、大きな成果を上げている。この間、マーケットの変化に合わせて調整を重ねてはいるが、基本概念はまったく変わっていない。この指標について、本書では1章分を当てている。
 また、別の章で紹介しているセクター分析は、ブリッシュ・パーセント指数の応用に当たる。これらの基本原理を学ぶことで、投資に対して大きな自信がつき、マーケットの動きに反応するのではなく、自分のほうから行動を起こせるようになる。P&F分析は私の人生を変えた。本書を読み、投資の基本原理を実行すれば、だれにでも同じ経験をするチャンスがある。

 P&F分析との出合い

 P&F分析と出合うまでの数年間、ブローカーだった私は、霧の中を模索するような気持ちで過ごしていた。
 1974年末、最初に就職したのはバージニア州リッチモンドにある大手ブローカー会社だった。この会社の新入社員研修はセールスが中心で「会社の勧める銘柄を売るのが仕事だ」という概念をたたきこまれた。また、ブローカー志望者はニューヨーク証券取引所に登録するため、シリーズ7という資格試験に合格する必要があり、4カ月間、取引所の規則や規制から複雑なオプション戦略まで、広範囲にわたる集中研修を受けた。そして試験合格後、5週間の営業研修を終え、一人前のブローカーとして世間に放たれたのである。
 しかし、どのような仕事でも経験がものをいう。新人にはそれが決定的に不足していた。当時のマーケットは不景気のまっただなかにあり、株価はすでに70%も下落し、新規顧客の獲得は非常に難しかった。それでも生き残った何人かは4年間、ビジネス書を読みあさり、試行錯誤を重ねていった。
 その会社では、推奨していない銘柄を顧客に勧めることは禁じていた。ニューヨークから毎朝送られてくる大量の推奨株リストのなかからファンダメンタルに優れた銘柄を選ぶだけだった。訴訟の原因となる可能性があるため「自分で考えてはいけない」というルールだったからだ。社員の仕事は、黙って会社のリサーチを売ることであり、その内容に疑問をはさむ余地はなかった。
 ブローカーとして仕事をしている間、いくつか素晴らしい成功も、はなはだしい失敗も経験した。しかし、それが自信につながることはなかった。そこで、仕事の合間に、絶対に信頼できるニュースレターを捜してみた。そして分かったのは、ニュースレターの発行者はニュースレターを売るのが得意なだけで、銘柄選択がうまいわけではない、ということだけだった。毎日が目的もないまま過ぎていった。
 あれから21年たった今でも、業界の仕組みは、ほとんど変わっていない。新しい金融商品や、一時的に流行する投資法はいくつかある。ところが業界全体としてみれば、やはりファンダメンタル分析に基づく推奨株が中心なのである。
 話をもとに戻すと、先の会社で私は次第にオプション戦略のスペシャリストになっていった。当時、オプションは1973年4月に上場されたばかりで、まだ新しい商品だった。そして1978年、オプションの研究に多くの時間を費やしていた私は、同じ街を拠点とする大手地元ブローカーから、新設するオプション戦略部門の責任者としてスカウトされた。これは非常に魅力的なチャレンジで、私はこの新しい冒険に飛び込んだ。
 一夜にして私の顧客は、個人投資家からプロのブローカーに変わった。500人ものブローカーで構成されるセールス部隊にオプション戦略を提供する部署の立ち上げ責任者になったのだ。この新しい部署の成否が、オプションを組み合わせる銘柄の選択、つまり私自身の株式市場に関する知識にかかっていることは、明らかであった。ここに至って、私は自分の能力を正直に評価する必要にせまられたわけだ。そして私のあやふやな知識では、結果は見えていた。
 最初の会社での4年間、ブローカーとしては成功していたが、セクターの評価やマーケットの動き、そして銘柄選択のための知識は、ほとんどなかった。会社の指示どおりの銘柄を勧めることに慣れきっていたのだ。唯一、分かっていたのが、会社のリサーチに頼るのは一か八に近いということで、オプション戦略部門を成功させるためには、銘柄選択に精通した人材が不可欠だった。
 人探しをしている間、同じ会社のシャーロット支店に勤務するスティーブ・ケーンという名前が何度も浮かんできた。そこでケーンに連絡をとり、新しい部の説明をしたうえでポジションをオファーした。ケーンも了承してくれた。ケーンが銘柄、セクター、相場観を見極め、それに私がオプション戦略を当てはめていくという寸法だ。
 職人は皆そうだが、ケーンも自分の道具を携えてやってきた。×や○がぎっしり書き込まれた何百銘柄分ものチャート帳と、A・W・コーエンが著したP&Fのテクニカル分析書(現在は出版されていない)である。ちなみに、P&F手法の基本原理について書かれた最初の本『ストック・マーケット・タイミング(Stock Market Timing)』は、私が生まれた1947年に出版されている。
 ケーンは毎週、この×と○のチャートを丹念に更新して、それをもとに銘柄を選択していった。最初の年は非常にうまくいった。ケーンが上昇すると選んだ銘柄は総じて上げ、下落するだろうといった銘柄は総じて下げた。マーケットやセクターに関する判断も的確だった。チームはうまく機能し、部内には必要なすべてがそろっていた。テクニカル分析とオプション戦略がうまくかみ合い、すべてとはいかないまでも、外れより当たりのほうが多かった。そして何よりも重要なのは、私たちが売買戦略を持っていたことだった。  すべてがうまくいくかのように見えたある日、ケーンがニューヨーク証券取引所のあるスペシャリスト会社にスカウトされた。この会社の余剰資金を運用するというポストは、ケーンにとって断りがたいチャンスだった。私もこの転職には賛成した。
 こうして再び1年前と同じ苦境に立つことになった。しかし、私はこのときP&Fを理解している人材をもう一度探すのではなく、だんだん慣れてきたこの手法を自分自身で学ぼうと決心した。
 ケーンはP&Fの基本を説明し、大切にしまってあったA・W・コーエンの本を読むよう勧めてくれた。その週末、さっそくこの本を開いて最初の3ページを読んだところで、私の人生は大きく変わった。答えを模索しながらも、複雑すぎて自分では理解できないと信じていた何年間の思いが、すべて消えたのだ。最初の3ページに書かれていた内容は、まったく道理に適っており、残りの人生でやるべきことがはっきり分かったのである。これこそブローカーが顧客に効率的なサービスを提供するときに欠けていた視点であった。
 現在、DWAでは米国で唯一の株式ブローカー専門学校を運営している。これもその夜、思い描いた夢から始まった。ここではすでに何百人ものブローカーがP&F手法を学んでおり、自信をつけたうえで、顧客の資産を大幅に増やすことに成功している。また、バージニア・コモンウエルス大学と共同で設立した、米国で唯一の個人投資家向けの専門学校も大盛況である。何か正しいことが起ころうとしている。

 人生においてリスクをとるということ
 (この項はジャド・ビアショット博士の協力を得て執筆した)

 スポーツと株式投資には、心理学的に多くの類似点がある。重量挙げの世界記録保持者である私は、技術向上のために読んでいる『パワーリフティング』という雑誌に掲載されているジャド・ビアショット博士の記事から、多くのことを学んだ。博士とは個人的にも懇意になり、お互いのビジネスには多くの共通点があることを発見した。これまでにも共同で原稿を執筆しており、近いうちにスポーツ競技の心理テクニックを投資に応用する方法について書いた本を共著で出版する予定である。
 博士が野球チームのカンザスシティ・ロイヤルズで働いていたとき、ルームメイトだったブランチ・B・リッキーⅢ世の紹介で、フロリダに建設中のコンドミニアムの建設プロジェクトへの参加を誘われた。10戸までならコンドミニアムを1戸1万ドルで購入できるというのである。当時の1万ドルは大金であったが、それでも計画どおりに行けば、すぐにでも価格は2~3倍に跳ね上がるという破格の取引だった。しかし、どんなことにも常にリスクはある。海岸沿いの物件のため、税金が非常に高かったのだ。
 リッキーと違って長期投資のできる資金を持っていなかった博士は、買うとなれば高い金利で借金するしかなく、そうなると比較的短期で転売しなければ大金を失うことになりかねなかった。結局、博士はこの話には乗らなかった。もちろんこの物件は、今や50万~100万ドルの価値がある。
 もしあのとき買っていれば、今頃はバハマの海岸でのんびり過ごしていたかもしれない。だが、博士は結局リスクをとらなかった。ここではっきりと言えるのは、「今、スタートラインに立つ勇気がなければ、限られた成功のチャンスしかない」ということである。

 スポーツに限らず、トップを目指す者なら、だれでもリスクとうまくつきあっていく方法を学ぶ必要がある。リスクの要素である多少の危険でさえ、楽しめるくらいであってほしい。
 これは何もパンプロナの牛追い祭りで猛牛と一緒に疾走しろとか、自己ベストが300ポンドなのに500ポンドのデッドリフト(重量挙げの種目のひとつ)に挑戦しろというのではない。そのような不要で愚かで予測のつかないリスクをとるのは、単に幼稚な行為でしかない。ここで言っているのは、コストに十分見合う、知的で計算されたリスクのとり方である。
 これは投資にもぴったりと当てはまる。投資では、成功どころか生き残るだけのためにリスクをとる必要がある。株を買うということは、必死に働いて稼いだお金をリスクにさらすことにほかならない。あなたがブローカーであれば、顧客が一生懸命働いて得たお金をあなたがリスクにさらしているのだ。高いリスク環境に耐えられないようであれば、それは投資家としての資質がないと考えたほうがよいだろう。自分や顧客の資金を失うのが怖くて、買いの決断が下せない投資家やブローカーを、これまでずいぶん見てきた。  もちろん、投資にある程度の不安感を持つのはよい。愚かな間違いを防いでくれる。しかし、恐怖で凍りついていては、大きなチャンスを逃してしまう。健全なリスク観を持つことと、リスクで思考が麻痺することには、大きな隔たりがある。残念ながら、多くの投資家やブローカーがマーケットの変動にうまく対処できていない。リスクを管理することとリスクに支配されることは、まったく異なる。株式市場は気弱な人には向いていない。

 個人でもプロでも投資で頂点を目指すのであれば、緊張感を持って生きることを学び、ある程度のリスクや危険を楽しめるくらいでなければ難しい。過去の例を見ても、歴史を作ってきたのは、勇気を持って勝負に挑み、恐怖に正面から立ち向かっていった人々だ。リスクを恐れ、安全な道だけを選んできた者ではない。それについて、セオドア・ルーズベルト大統領が私の大好きな言葉を残している。

 称賛されるべきは「いかに強者がヘマをしたか」「もっとうまく戦えたはず」などと指摘するだけの評論家ではない。実際にアリーナに立ち、顔中ほこりと血と汗にまみれて果敢に闘った者、失敗しても何度でも這い上がり、間違いや欠点を克服するため努力を惜しまない者、大きな目的のためにその身を捧げる者こそ称賛されるべきなのだ。うまくいけば素晴らしい成功をつかめるだろう。しかし、たとえ失敗したとしても、勝利も敗北も知らず、ただ臆病で冷めた魂の者とは、一線を画している。したがって、やはり称賛に値するのだ。―――パワーリフティング誌 1999年6月号

 この言葉は投資ビジネスにも当てはまる。リングの上で実際に自分の資金や評判を賭けて勝負した経験が一度もないのに、人の間違いにはいちいちケチをつけようとする評論家が大勢いる。しかし、他人のお金についてとやかく言うだけの「プロ」の評論家が、心配で眠れぬ夜を過ごすことはない。
 ルーズベルト大統領の言葉に心当たりがあるか考えてほしい。本書の読者は、すでにリングに上がり、より良い戦いをするため、この手法を学ぼうとしている人たちである。完璧な方法など、どこにもない。負けが続くこともあるだろう。だが、止めてしまえば二度とチャンスはなくなると分かっている。だからこそ、時を経るにつれ、かつては困惑させられたマーケットの動きも自然に理解できるようになり、職人の域に達するのである。
 もちろん評論家は批判を続けるだろう。それが彼らの仕事なのだから仕方がない。テレビの金融専門チャンネルを見れば、どこも無意味な話をたれ流しているだけだ。分析の基本さえ分かれば、これらの情報は必要なくなる。
 自分のブローカー時代をはっきり覚えている。血のにじむような思いを何度も経験した。しかし、とにかくリングに上がって、さらに上を目指し、懸命に努力を重ねた。そして、リングを降りようとは思わなかった。もしあのころにP&Fの知識や考え方があれば、毎日がまったく違ったものになっていただろう。この手法に、私の向上心と誠意が合わされば、無敵だったかもしれない。読者のなかには、すでにこの経験をしている人も多いと思う。金銭的な成功に向け大きな一歩を踏み出す人が増えるのは、私にとっても大変嬉しいことなのだ。
 ルーズベルト大統領の言うように、称賛は、実際にリングに上がり、何度失敗しても這い上がって最後に勝利をつかむ投資家やブローカーにこそ与えられるべきだ。投資家がこの手法を学び、自分で資産を管理するよう心から勧めるのは、そのためである。勝っても、負けても、とにかくリングに上がって戦ってほしい。重要なのは、自分自身で決断を下し、計算されたリスクをとり、自分自身の人生を生きることだ。他人の慈悲にすがったり、しかれたレールの上に最後まで乗ったり、外から他人の成功を眺めるだけの人生を送ってほしくない。舞台は整っている。あとはやる気さえあれば始められる。
 スポーツ選手にもさまざまなタイプがいる。しかし、無理だと思っても向かっていく選手や、選手生命をかけて戦う選手は本当に少ない。そして、その数少ない選手が、大抵はトップを極めている。
 そして、この事実は私に勇気を与えてくれる。リスクをとらなければ、成長も変化も自由もなく、そのような人生は、本人が気づいていないだけで、死んでいるも同然なのだ。ぜひリスクをとる人生を生きてほしい。その気にさえなれば、何にでもなれるし、何をする力だってある。奇跡だって起こすことができる。ただ、やる気を起こしさえすればよいのだ。そして新しい世界に旅立てば、きっと自分の本当の素晴らしさを理解できるだろう。


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